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熊本家庭裁判所山鹿支部 昭和29年(家イ)3号 審判

申立人 大宮猛(仮名)

相手方 大宮スミ子(仮名)

主文

申立人と相手方を離婚する。

当事者間の長女(ただし、戸籍面には長男と記載されている。)清光(昭和三三年一一月八日生)、次女(ただし、戸籍面には長女と記載されている。)道子(昭和三七年四月一二日生)の親権者及び監護者を相手方に定める。

申立人は相手方に対し、上記清光及び道子の養育費として本審判確定の日から同人等が成年に達するまで一人につき一箇月金二、五〇〇円を毎月末限り相手方住所に送金して支払え。

理由

本件申立の要旨は、申立人と相手方とは昭和三二年八月一五日結婚式を挙げて事実上の夫婦生活に入り、翌三三年一一月二一日婚姻届出をなしたもので、いずれも再婚であるが、前配偶者との間に子供がなく、申立人、相手方間には昭和三三年一一月八日長女清光、同三七年四月一二日次女道子がそれぞれ出生した。

結婚後申立人は、現在相手方が居住している菊池市大字原の田舎で山林関係の人夫として稼動していたが、生活の向上をはかるためには、都市に出て工員等にでも転職するほかないものと考え、機会ある毎、そのことを相手方に話し同意を求めて来たが、性来消極退嬰的な相手方はその都度これに反対し、昭和三六年申立人が熊本市内のある有力な精密工業関係の会社に工員として採用が内定した際にも、相手方とその実母が申立人の転職に猛反対したため、右内定が取消されたことがあり、また申立人が田舎である前記原部落から菊池市の市街部である隈府に居を移そうとした際にも相手方等の反対に遭つて右移転が駄目になる等、申立人の希望や目的は悉く相手方によつてその実現を阻まれ、ために申立人は現在相手方に対し深い嫌悪と憎悪の感情しかいだいておらず、また相手方が陰欝症ともいうべき性格の持ち主で、全く笑を忘れた人の感があり、申立人とは性格的にも全く一致せず、申立人も昭和三七年九月からは相手方等と別れて北海道に、東京方面に出稼ぎに出て、現在東京で木工所工員として働いているが、易断によると、相手方は三人の夫を殺すという恐ろしい宿命を持つている女ということであつて、事実先夫はビルマで戦死しているので、二度目の夫である申立人もこの儘相手方との夫婦生活を続けるにおいては、早晩相手方から殺されるか、そうでないとしても何らかの形で生命を縮める結果に立ち至るに相違ない旨の暗い運命の暗示を受け、現在一日として心の安らかな日はなく、今後到底相手方との婚姻生活を継続することはできないので、申立人と相手方とを離婚する旨の調停を求め、前記二児に対する親権者および監護者については相手方の意向に委せ、なお右二児を相手方が今後監護する場合においては同児等の養育料として最大限月額五、〇〇〇円までは送金するようにしたいというのである。

しかるところ、申立人は本件調停申立後、既に再度に亘つてその住所を変更し、調停期日にも一回も出頭しないので、東京家庭裁判所に嘱託して審問した。

しかして、同人から当裁判所宛の書面によれば、申立人は経済的余裕がなく、かつ最近作業中に頭部を負傷して仕事を休み療養中であるため、今後も遠隔地にある当裁判所へは到底出頭できない状況にあることが認められる。

なお、同申立人は昭和三九年八月一六日当裁判所宛、本件調停事件につき、当裁判所書記官井上多門太(家事係)を代理人に委任するので、その代理許可を求める旨の書面を送付して来ているが、およそ身分行為の代理については慎重な検討を要するところである。

けだし、身分行為はその大部分が自己又は他人の身分関係に変動を生じせしめるいわゆる形成的身分行為であつて、当事者にとつて重要事であるのみならず、他人に影響するところも大きく、いわゆる対世効を原則とするので、これが行為者(本人)をして慎重に考慮させる必要があるため、これを余人をもつて代替させるということは適当でなく、したがつて原則として明文をもつて認められた場合を除き身分行為は代理に親しまないものといわなければならないからである。

しかるところ、法律が身分行為の代理(代表)を明文をもつて認めたものとしては、財産関係身分行為として、親権者が子の財産に関する法律行為について子を代表する行為(民法八二四条)、後見人が被後見人の財産に関する法律について被後見人を代表する行為(民法八五九条)等、また非財産関係身分行為として、夫婦共同の縁組において夫婦の一方が意思表示不能のため、他の一方が双方名義でする縁組行為(民法七九六条)、法定代理人(父母)の代諾による未成年養子の縁組行為ならびに協議離縁行為(民法八一一条第二項、七九七条)、親権者による子の親権代行(民法八三三条)、後見人による未成年者の親権代行(民法八六七条)、特別代理人による嫡出否認の訴の提起代行(民法七七五条)、法定代理人による一五歳未満の養子の離縁の訴の提起代行(民法八一五条)等があるに過ぎない。

はたして然らば、本件調停申立事件中、離婚は身分行為中最も重要な形成的身分行為に属するのであるのみならず、法律が右のような代理(もしくは代表)を認めたいずれの場合にも該当しないことが明らかであり、また親権者、監護者の指定は右形成的身分行為を前提としてこれに附随してなされる。いわゆる附随的身分行為であり、これまた法律がその代理(代表)を認めているいずれの場合にも該当しておらないことが明白であるから、結局本件申立人の前記代理申請はこれを許容するに由ないものであることが明らかである。

そうすると、本件調停はたとえ、相手方において結果的には申立人の本件申立に異存がなく、したがつて、双方の意思に合致を見たことになるものであるとしても、斯かも、隔地者間の意思の合致をもつては、期日における合意の成立と認めることができないので、結局本件調停を成立させることのできないことは勿論である。

しかるところ、申立人および相手方各審問の結果、申立人作成名義の当裁判所宛郵送書面五通(昭和三九年二月九日付、同年六月五日付、同年七月一一日付、同月一六日付、同年八月一六日付各書面)、申立書添付の戸籍謄本、医師鈴木信宏作成名義の診断書等の各記載を綜合するに、相手方は申立人の申立てているように病的な陰欝症ないし抑欝症の持ち主で人生に笑いを忘れた人間であるというような事実は認められないが、その性格が消極的で、やや因循なところがあり、山村の生活に執着して都市に出ることをいとい、このため消極的で、やや派手な生活意欲に燃えている申立人の生活設計に対し、すくなからぬブレーキとなつて来たことが看取される。

また、相手方が三人の夫を殺すという宿業をもつて生まれて来た女性であるというがごとき易断結果の、非合理的で一顧だに値しないものであることは言うを俟たないところであるが、申立人が右易断に因つて被害妄想ともいうべき暗示を受け、相手方との間に殆んど抜き難い宿命的な相剋感をいだき、既に昭和三七年九月頃前記住所から出奔して以来約二年近く相手方と全く起居を別にして、肉体関係は勿論、夫婦としての精神的な交流も全く欠いている事実が認められる。

一方相手方も、当初は申立人との間に前記二児のあることと、申立人との間に、なお和合調整の可能性が残されているものと信じていたため離婚を拒んでいたが、その後申立人の真意を知るに及んで同人との間に円満な夫婦としての撚りを戻すことの到底不可能であることを自覚すると同時に、前記のような動機から離婚を求めている申立人の心情に対する軽蔑感も生じて、本件最終調停期日においては、はつきり申立人との離婚を決意するに至つておる事実が認められる。

右認定事実によると、本件当事者間の婚姻関係はも早夫婦相互の愛情と信頼という基盤を失い、形骸だけのものであつて、弥縫調整手段によつては如何ともなし離いほどに破綻し、その他一切の事情を考慮するも、当事者の和合による婚姻の継続を期待するということは至難の状態にあるものというべきである。

そうすると、前記のように調停が成立しないものとして本件を終了させ、あらためて人事訴訟手続による離婚訴訟により解決するという迂遠の回路を辿らせるよりも、家事審判法第二四条に従い、当事者双方のため衡平に考慮し、本件に現われた一切の事情を斟酌した結果として、申立人と方相手方とを離婚させるのが相当の措置であると考える。

しかして、右離婚にともなう前記二児の親権者及び監護者の指定については、斯かる事項は本来乙類審判事項である(家事審判法第九条第一項乙類第四号、第七号参照)ので、家事審判法第二四条第一項による審判をすることは許されず、同法第二六条による審判に移行すべきものであると解することが同法第二四条同法第二項の文理に忠実な態度であると考えられないこともないのであるが、およそ離婚にともなう親権者の指定等は、離婚により調和を失つた生活協同体の再調整(家庭生活の破壊による子供への影響をできるだけ緩和するための必要措置)として、本来離婚と同時に行なわれるべき性質のものであつて、離婚とは不即不離の一体関係にあるものというべく、法律もこのため裁判離婚の場合には裁判所をしてその職権により離婚と同時に親権者の指定を行なうべきものと定めている(民第八一九条第二項参照)こと等の事実に稽へるときは、家事審判法第二四条第一項により離婚の審判を行なう場合にもこれと同時に親権者の指定を行なうべきであり、また監護者の指定についても、右親権者の指定同様、離婚による生活協同体の再調整措置として、離婚自体と密接不離の関係にあるものであることに鑑み、同条第一項による離婚の審判と同時にこれを行なうことができ、かつそうすることが望ましいものと解するのが、合目的々、裁量的裁判たるの性格をもつ家事審判の本旨に、より適合するのもであり、同条第第二項は、斯かる目的上不可分の審判事項についてまでその分離的処理を要求してその統一的処理を禁じておるのもではないと考える。

よつて検討するところ、当事者間の前記二児はこれまで、主として相手方で愛育して来たものであり、同人において今後も引き続いて養育したい旨強く希望しており、同児等も久しく附随している申立人に対しては殆んど父としての愛情を感じておらないのみならず、同人は前記のように住所を転々としている情況からして、同児等を引き取りこれを監護教育する適格を欠く(申立人も右指定をとくに希望していない。)ものとみられるので、同児等の親権者及び監護者は相手方に指定するのが相当であると考える。

なお、右二児の養育費(民法第七六六条所定の監護費用、以下同じ。)については、相手方は最少限月額五、〇〇〇円の支払いを要望し、申立人も右金額の送金は已むを得ないものとして、概ねこれを諒承しておるのみならず、近く従軍による軍人恩給年額四万五、〇〇〇円の給付を受けられる見込みの存することも認められ、右金額程度の送金は十分可能であると考えられるので、申立人をして相手方に対し、右二児の養育費として本審判確定の日から同人等がそれぞれ成年に達する日まで一人につき一箇月金二、五〇〇円宛(合計金五、〇〇〇円)を毎月末限り相手方住所に送金して支払わせることにする。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 石川晴雄)

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